都市科学研究会ブログ

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【エッセイ】「ルパン」が東京に盗まれた日(筆者:性正義a.k.a.業慾)

201245

 その日のお昼前、僕は電話を切ったと同時に、思わず溜め息をついてしまっていた。

 小見出しに記した日付の未明、正確には442554分、『ルパン三世』の27年ぶりのTVシリーズ『LUPIN the Third峰不二子という女~』がついに日本テレビで放送開始された。しかし、新聞のテレビ欄のよみうりテレビ1の枠をチェックしても、何処にも「ルパン」の「ル」の字すら載っていなかった。もっとも、関東圏で放送されたアニメがあちらから数日~数ヶ月遅れで関西圏でも放送がスタートするなんて事はザラにあるので、今更この程度で凹む事は無く、僕はよみうりテレビに「いつ新シリーズは放送開始されるのか?」という旨の問い合わせをしてみた。ところが、先方の返答は「現状、関西で新シリーズを放送する予定は無い。オンデマンド配信があるので、そちらを視聴して頂ければ……」というものだった。返答を受けお礼の言葉を述べて電話を切った後、僕は冒頭に書いた通り深い落胆の色を隠せなかった。

 いまし方述べたのが、今回話したい事の発端である。起こった事だけを見れば、よくありがちな視聴可能地域外の地方民が自分の住んでいる地域ではとある作品が放送されない事を知り嘆きに至るまで、である。しかし、まさか「ルパン」までがこの憂き目に遭う日が来るとは思わなかった。いくら放送時間が深夜で、かつ内容が原作寄りのダーティーで、エロで、サイケで、しかも不二子ちゃんの乳首の自主規制が無いとはいえ、『金曜ロードショー(現:金曜ロードSHOW!)』でTVスペシャルが放送されたらある程度の視聴率はキッチリと確保する、腐っても日テレの看板の一つのはずだ。それをあろう事か、筆者の住む大都市大阪含む関西圏では放送しないのだという。これは、単に地方におけるTVコンテンツ格差どころの問題では無い。なにせ、「ルパン」の初代TVシリーズはよみうりテレビ、つまり大阪が作った作品なのだから。

 

■ボンジュール!ボンソワール!

 事は『BSアニメ夜話』の『ルパン三世』特集回2に詳しいが、元々「ルパン」TVアニメ化の企画が持ち上がった1968年~1970年当時、「アニメは子供のモノ」といった考えがテレビ局関係者や製作者サイドの間では定説であり、企画自体に難色を示す向きが多かった。「大人の読者に向けた」事を売りにした『週刊 漫画アクション』に連載されている原作がいくら人気であるとはいえ、まだまだマンガとアニメーションの間には大きな壁があると考えられていた時代なので無理も無い。実際、初代TVシリーズで演出を務めたおおすみ(当時:大隅)正秋の談によると、企画段階から「ルパン」を「大人モノ」であるとハッキリと認識しており、アニメ自体も「子供用に脚色は絶対に出来ない」し、最初から「大人モノとしてやるしかない」と考えていた、という。

 作り手側の企画者・製作者サイドも初の試みであり、どのような評価が下されるのか全くの未知数である以上、当然ながらこの海のモノとも山のモノとも知れぬ作品を伝え手側であるテレビ局が好意的に受け取るはずが無い。事実、渡した企画書がテレビ局の編成部や製作部のクズかごに丸めて捨てられているといった事が多々あったらしく、当時を振り返っておおすみは「ショックだった」と述懐している。このエピソードからも当時のアニメ観がどのようなものだったかをうかがい知る事が出来るが、つまり当時の状況下においてはそもそも「大人モノ」なる作品自体が見向きもされなかった、という事である。この事からも、「ルパン」の売り込みが如何に苦労の連続であったか、察するに難くないだろう。

 ところが、パイロットフィルム(※3の製作開始から丸2年、ついに「ルパン」を放送しようとあるテレビ局が名乗り出た。それが件のよみうりテレビなのだが、当時のチーフプロデューサーであった佐藤寿七いわく、「15分のパイロット(フィルム)にしては物凄く素晴らしく」、「完成度がその頃のアニメと全く違っていた」事が、企画採用の要因であったという。こうして晴れてTVアニメの製作が決定し、197110241930分、『ルパン三世』初代TVシリーズ第1話が放送される運びとなった。このように、前節で述べた通り「ルパン」のTVアニメを最初に作ったのはよみうりテレビ、ひいては大阪であり、今のアニメ作品としてのルパンの礎を築いたと言えるだろう。

 

■休みのお昼は……

 そんな大阪発であるはずの「ルパン」の新作を、関西圏では放送しないのである。もっとも、これに関してはキー局(※4あってのネット局(※5と考え方がほとんどであり、更には深夜枠での放送の場合、いくら「ルパン」とはいえ視聴率もゴールデンと比較してガタッと落ち込むだろうし、そのようなリスクを背負ってまで全国ネットで放送したりはしないというテレビ局側の放送事情がある以上、それが分からないワケでは無い。しかし、だ。それでも関西のテレビに「ルパン」が映らない事に対しては、やはり、と言うか当然ながら憤りを禁じ得ない。何故なら、関西のテレビに「ルパン」は欠かす事の出来ない重要なファクターだからである。

 筆者は現在25歳だが、幼稚園から小学校高学年にかけて、日曜のお昼には必ず「ルパン」の初代ないし第2シリーズが再放送されていた。それも1回きりの再放送では無く、最終回が終わるとまた第1話からスタートするという全話ループを、実に10年近く繰り返していたのである。もしこのエッセイの読者の中に筆者の同年代もしくは30代前後で、当時関西に住んでいた方がおられたら是非思い返してみて頂きたい。当時の関西の土曜のお昼は吉本新喜劇、日曜のお昼は「ルパン」ではなかっただろうか。筆者はまさにこの現象の直撃世代で、月曜に学校に行くと朝の話題はほぼ決まって昨日の「ルパン」であった。

この事はWikipedia(※6にも掲載されており、関西における一種のムーブメントであったと言っても、決して過言では無いだろう。また、この再放送の高視聴率をキッカケとして、その後TVスペシャルの製作が決定し、TVアニメ化40周年を過ぎた現在でも人気作品の一つとして新作が作られている。にもかかわらず、今回関西で「ルパン」の新作をテレビで見る事は出来ないのである。現在の看板コンテンツを作ったよみうりテレビに対して日本テレビは足を向けて眠れないだろうに、何とも酷い仕打ちである。

 

■「ルパン」未放映から見えてきたモノ

 ところで、今回の関西における「ルパン」未放映を通して、ある考えが思い浮かんだ。メディアコンテンツ視聴の地域的差異についてである。

 メディアコンテンツをテレビで配信する場合、配信コンテンツの選定は主にキー局が行うのだが、地域の独自色が強いコンテンツや実験的なコンテンツは全国ネットでは放送されず、もっぱら一種のローカル番組として配信地域を限定した形で主にネット局で放送される。これが、地域によって視聴可能なコンテンツ(テレビの場合は番組)が異なる主な理由である。ローカル番組と言うと聞こえが悪いかも知れないが、仮に視聴率が好調な場合、『水曜どうでしょう』のように全国ネットでの放送に移行するコンテンツとなるケースもある為、一種の実験としては有効な手法であると考えられる。

だが、少し考えてみて欲しい。今述べた事は配信コンテンツによって地域性や独自色が表されているという事だが、これを言い換えると、コンテンツを配信しない事によって地域性や独自色が打ち出されている、と言う事が出来る。通常、地域間の差異や地域の独自性について考える場合、例えば観光資源のように「この地域にはあるが他の地域には無いモノ」をメインに考える。しかし、今回の「ルパン」未放映によって見えたのは「この地域には無いのに他の地域にはある」という状態である。つまり、とある対象が無い事が、とある対象がある事と同じように地域性や独自色を示す要因の一つとなっている可能性があるのではないだろうか。これは言ってしまえば一種の格差なのだが、しかし独自色も言ってしまえば一種の差異であり「格差」である。つまり、差異を肯定的に捉えれば独自色であり、否定的に捉えれば格差であると、単に受け捉え方の違いでしか無い。もっとも、確かによみうりテレビの返答にあったように、オンデマンド配信を視聴する事によってこの格差を解消する事は出来るだろう。だが、オンデマンドはオンデマンドであり、テレビ放送では無い。メディアコンテンツ格差が一部で叫ばれて久しいが、今回の「ルパン」未放映は、コンテンツが配信されない事もまた独自色の一種であるという事を、皮肉にも格差によって表しているとは言えないだろうか。

 

■ヤツ(日テレ)はとんでもないモノを盗んでいきました

 筆者は元々都市間における地域的差異について多角的に研究している身だが、今回の出来事をキッカケに自分の大好きな「ルパン」を通して、建築物や食文化といったモノ以外にも、実はメディアによっても地域的差異を考える事の出来る可能性を掴めたように感じる。読者の方々の中には「たかがテレビ番組の事じゃないか」と思う方もおられるかもしれないが、しかし笑うなかれ、である。仮に『水曜どうでしょう』が北海道で放送されなかったら道民は間違い無くキレるだろうし、大阪ネタで言えば『じゃりン子チエ』が大阪でもし放送されなかったら、恐らく相当数の大阪人はキレたであろう。このように考えると、地域的差異を考えるにあたって、やはりメディアコンテンツの存在はバカに出来ないのである。今回はたまたま自分の大好きな「ルパン」が関西と縁深いコンテンツだったから取り上げたが、実は「ルパン」以外にもメディアコンテンツによる格差を表す事例が他にあるかもしれない。もしこのエッセイをキッカケとして読者の方々に地域的差異について考えて頂けたのならば、筆者としてこれ以上の幸いは無い。

そろそろ筆を置こうと思うが、最後に一言だけ言わせて欲しい。442554分、大阪で産声を上げたアニメ版「ルパン」はこの日、間違い無く東京に盗まれたのである、と。

 

1:日本テレビ系列の準キー局、関西では通称「10チャン」と呼ばれている。

2BS2(現:BSプレミアム)でスペシャル版「とことん!ルパン三世」として2008728日~731日に四夜連続放送された。

3:テレビ企画売込み用に製作される一種の宣伝番組の事。ちなみに「ルパン」のバイロットフィルムはニコニコ動画http://www.nicovideo.jp/watch/sm42299)で現在シネマスコープ版が視聴可能である。

4:テレビの系列ネットワークにおいて、中心となるテレビ局の事。

5:一定の地域限定で放送を行うテレビ局の事。ローカル局とも言う。

6Wikipediaの「ルパン三世 (TV2シリーズ)」のページ内、「評価・影響」の項目を参照されたし。

 

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